ボケ父が存命だった頃、やっぱり病んでいたんだなーと思う

ボケ父の命日が近かったり、ボケ父の事で取材を受けたりしているので
どうしても最近、ボケ父の事を思い出してしまいます。

ボケ父が存命だった頃は、とにかくもう毎日が辛くて、お先真っ暗で。
ボケ父が在宅から急転直下で施設に入った時は一瞬、
ボケ父が家から居なくなった事で小躍りして喜んだけれど、
それは表面上の事だけで私は何も分かっていませんでした。

根本的解決は何もしておらず、やがて、
自分がボケ父の老人ホーム代の債務者となっている現実に気付き
家計が、ボケ父の老人ホーム代でどんどん目減りしていくのに

40年間、生活費を家に出し渋って、事ある事にカネをちょろまかしていたボケ父の為に
なんで母と私、必死で貯めて節約して確保してきた家計をボケ父に喰い潰されるの?と
言い様の無い怒りと無力感を感じて。

家計を目減りさせないために、オムツ代とか一部、私が自分のお金で負担したり。
とにかく、ボケ父が在宅介護じゃなくなって、老人ホームにおまかせになってからも
自分の中で葛藤は続いており、そういうのから解放されたのが、
去年のボケ父が臨終してからでした。

ボケ父の存命中は、私も追いつめられて精神的に病んでいたんだなーと思う。

とにかく、
「ナンデ私の父はボケ父なんだろう?」
「ナンデボケ父の娘に生まれたってだけで、
こんなにボケ父の罰ゲームを受けさせられているのだろう?」
と悔しくなって、どうにもならなくて、
人気の無い夜道を発狂して傘を地面に叩きつけたり、あとは他人に対する妬みとか。

会社で、同僚の父上の訃報を聞くたびに、
「ナンデあの人の父親は、うちのボケ父より若いのに先に死ぬの?
 順番が違う! 先を越された、ズルい!」
と、どうしようもない怒りが湧いてきて、

会社のトイレに駆け込んで、「ふざけんなよ!」と怒り一人泣いた事も一度ならずある。
怒りの発狂している時に、誰かがトイレに入ってきて、きっとびっくりしただろうな。。。 
父上を亡くされた同僚がうらやましくて、憎くて仕方がなかった。

う~ん、今思えばとても病んでいたね。

それがボケ父が臨終してからの1年間は、
夜道で傘を振り回して発狂する事もなく(今までよく通報されなかった!)
同僚の父上の訃報を聞いても、素直に「ご冥福をお祈りします。良かったね!」と心から思える。

本当に、憑き物が取れたみたいに、自分が変わりました。

でも、気が付けば私は40代半ばになってしまっていて。。。
若さを失い、こんな子供部屋オバサンになってしまた。。。
もう少し早く、ボケ父から解放されていれば、
私ももっと楽に生きられたのにとも思います。

でも、まだこれから。これから人生取り戻す!

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