年賀ハガキを見かける度に、喪中を実感する

おはようございます。
11月の3分の1が過ぎ、今年も残り2ヶ月を切りました。

社用で訪れた郵便局で、年賀ハガキを売っているのを見て、
あぁもうこんな季節かと感じるのと同時に、我が家は喪中なんだと実感します。

いつもは、郵便局で売っている年賀ハガキの前で立ち止まり、
絵柄を見てどれを買おうかな?と考えたり、来年の干支を知ったり。
でも今年は、年賀状については何も考える必要は無いのです。

このブログを日頃から読んで下さっている方はご存知のとおり、
我が家は、ボケ父が今年7月に死去したからですね。

私は何年も前から脱・年賀状になっており、新年の挨拶はメールやラインで。
年賀状のやり取りをしているのは、ほんの数名になりました。

なので、いつも年賀状を送ってくれるほんの数名に対して、
喪中ハガキを出す予定です。
もう、喪中ハガキって出してもいい時季なのかしら?

でも、去年、今年と、コロナ禍で全然、年賀状をくれる友人に会えていませんから、
その近況を窺い知れる数少ない年賀状を、喪中で受け取れないというのは、
ちょっと残念な気もします。

喪中ハガキは、母側の祖母が亡くなった時の余りを、
「いつかボケ父の喪中に使おう。」と、ある種のゲン担ぎの意味合いで大事に取ってありました。
何年か越しでついにやっと、この喪中ハガキを使う時がやってきました!

このブログでは年末年始に、
「今年も喪中になれなかった! 早くボケ父の喪中になりたい!」
と書くのが恒例になっていましたので、

念願叶ってやっと、喪中になれたんだなぁと感慨深いです。。。

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