納骨の手配

ボケ父の遺体は自宅ではなく、火葬まで葬儀屋さんの安置室に預かってもらいます。

葬儀屋さんがボケ父の遺体を乗せて車で行ったのを見送り
あとはもう、病院でする事は何もありません。
私は明日また、死亡診断書を取りに再びここへ来なければなりませんが。。。

朝の4時に危篤の一報を受け、怒涛の一日でしたが、時間はまだ昼の12時でした。

看護師さんに、明日の朝10:30に死亡診断書を取りに来る事を確認して
病院を後にしました。

帰る時に看護婦さんが母に
「奥さん! しっかり気を持って!」と背中を優しく叩いて送り出してくれましたが、

母は病院を出た後に
「私別に、悲しくも何でもないんだけどぉ~。」と肩をすくめていました。
コラコラ。(^^;)

私もそうなんだけど、コロナでマスクをして表情は隠れていたし、
涙の一つも流さず淡々としていましたので、
向こうからしたら、現実を受け入れられていない遺族の様に見えたのかも?
でもケロっとし過ぎていて、ちょっと変な家族に見えたかもね? 実際にそうだし。

それでまた駅まで歩いて行って、また電車で2時間以上かけて自宅へ帰りました。
この電車が、コロナにも気をつけなきゃいけないし、乗り換えが多くて疲れました。。。

自宅に着いたら、これまたやる事がいっぱい!
母は、ボケ父の遺影を作りに、ショッピングモールの写真屋さんにまた出かけて行きました。
遺影はすぐに出来上がりました。

私は、会社へ忌引休暇を申し込むメールを送ったり、
納骨をお願いしたいお寺に電話申し込みをしたり。

ボケ父の納骨、お墓については以前、母と折り合いがつかず揉めていたのですが
 参照記事⇒実は墓で揉めている(前編)
      実は墓でもめている(後編)      

その後、私が執念で、
自宅からまぁまぁ行きやすい場所で、永代供養の合祀墓に
安価で納骨してくれるお寺を探し出していたのでした。
母も「そこがいい!」と納得し大喜び。
そのお寺に電話をして、火葬後すぐに遺骨を持ち込む予約を取りました。
お寺の人も手慣れたもので、話はスムーズに進みました。

これで、母と私が以前から望んでいた、
即納=母と私の造語。火葬後、遺骨を自宅に持ち帰らず、即納骨する事。
が叶いました。私の執念のお蔭ですよ!

正確に言えば、すぐに納骨ではないのですけれど、
お寺に遺骨を預けておいて、あとはお寺の方で納骨してくれて、
後日、納骨証明書を送ってくれます。
こちらは立ち会わない代わりに、お寺のタイミングで納骨を行うので、安価です。
こっちも納骨に立ち会うとなると、お布施が発生し高額になります。

親族には、コロナ禍で火葬にはどうせ参列できないし、
全部終わってから事後報告する事にしたので
ボケ父が臨終したこの日は、誰にも伝えず黙っていました。

あとは、母と喪服を何年か振りでタンスから引っぱり出して、試着をしたり。

さぁ、明日も、死亡診断書をもらいに遠い病院に行って、
その後は、葬儀屋さんと役所で待ち合わせ。
忙しくなるぞ!

(次へ続く)

ここまでの、ボケ父が臨終した当日の記事だけで、8記事になりました。
それだけ、朝から事件がいっぱい。怒濤の1日でした。
次回からは、ボケ父臨終 翌日編の記事になります。

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